評価経済社会 その17

キュレーターが面白いものをどんどん紹介すれば、面白くないものはますます目に入らない。


つまらなくて、未熟で、誰にも見てもらえない、評価を受け取れない。情報の海の中で沈む。誰の目にも留まらない作品。
それらには様々な形の学校が受け皿になるんだろう。あらゆる分野の学校のようなものが生まれ、同じ分野の先生が見てあげる。


そうしないと評価を受けれないことが世界を呪うことに変わってしまう。自分が注目されないのは間違っていると。殻に閉じこもらずに自分を晒すことができるか。他人を受け入れられるか。
教える人もレベルを問われる。


みんな教わるならトッププロから教わりたいと思っている。
でも誰かに教えることで学びが完成するなら、教える側にもメリットある。上手く教えられないことは伸びる余地があるということ。


教育はかえって有害かもしれない。失敗することもある。でも教育については教育されないと分からない。この教育では駄目だという学びはきっと生きる。
そしてすばらしいレッスン、講座、批評はそれだけで作品になる。
教えを受ける人がいて生まれる作品。